96関東ARDF競技大会



■■  96 A R D F 競 技 大 会 結 果  ■■

 日  時  平成8年7月14日(日)08:30~
 場  所  山梨県北巨摩郡高根町(大泉村)清里
 参加人数  70名

 < OTクラス >
  1位   JM1JSY  01:04:01  (4)
  2位   JE1XXO  01:06:46  (4)
  3位   JG1BFD  01:10:05  (4)
  4位   JL1NCQ  01:13:52  (4)
  5位   JR1EYZ  01:14:09  (4)

 < OMクラス >
  1位 JL1UMA 01:35:26 (5)
  2位 JH1UPI 01:36:56 (5)

 < YLクラス >
  1位 JM1JKR 01:41:11 (3)
  2位 JF1JRJ 01:58:02 (3)

 < JNクラス >
  1位 奥泉 穂高 01:46:18 (4)
  2位 JJ3BXL 01:40:20 (3)
  3位 7K3XDZ 01:40:22 (3)



■■ 96関東ARDF競技大会感想記 ■■


                               96関東ARDF競技大会総括責任者
                                             JA1BDE(丹澤修治)
 
 JN1FNE秋山支部長より,96関東ARDF競技大会を山梨で開催したいが,どうでしょうかとの話があり,集まった役員も大変だがやりましょうと開催決定になりました。(この夜集合した役員が実質的な実行委員になる。)
 総括責任者の私としては,はたして開催できるか,不安が90%でした。
  ①運営,審判で協力者の人数は・・・・
  ②関東大会にふさわしい会場,施設は・・・・
  ③運営,審判でARDF競技規則に従って従事した人は・・・・
  ④運営費は・・・・      その他
 考えれば考えるほど不安だらけ・・・。しかし開催と決定した以上,前進するしかないと覚悟を決めた次第です。(その夜のマルシンのビールはほろ苦かった。)

 それから数回実行委員会を開き,地図,会場候補地は支部長に依頼・・・。
 協力してもらうにも審判員の資格を持っている方がFBということで,4月12日に市川大門町公民館で,B級審判員資格習得講習会を開催。参加者は少数だったが,成果は十分にありました。講師は,JE0GTT折井さんでした。その折りに,6月2日に長野県ARDF競技大会があるが審判員として協力してもらえないか・・・とのお話で,実地研修には最高なので,審判員として協力を約束。詳細は後日に連絡とのことでした。6月2日に再会を約束して講習会を終了・・・。

 総括責任者の私が何もかも受け持つのは不可能なので,担当部門の責任者を決めました。運営部長JE1SPK青柳さん,審判部長(TX関係)JF1KRV塚原さん,受付ゴールJG1SYM山田さん,スタートJG1EPO田中さん,会場ゴール集計JQ1NXD北村さん・・・・以上のスタッフで大会を乗り切ることとし,各担当部門の人数配置の人選に着手したが,これも案外難しい仕事でした。
 秋山支部長より会場の候補地を,2,3下見したので最終決定をして欲しいとの連絡があり,第一候補地の清里へ実行委員全員で下見に行きました。下見の結果,あらゆる条件をクリヤーしたので90パーセント清里に決定ということになりました。

 6月号のJARLNEWS誌が発行されると,私の生活パターンが,本業がARDFになり,電気工事は副業のようになってしまいました。速達や書留で来る申込書,電話,FAXでの問い合わせ等で大忙しの日々でした。
 6月2日の長野県ARDF競技大会参加で,折井さんと何回となく,TEL,FAXで連絡,打ち合わせ・・・。6月2日秋山支部長を含め,9名で長野県大会の富士見高原へ出発し,現地で担当部門ごとに研修参加し,終了時には各自,自信を持ったようでした。(自費で研修参加,ご苦労様でした。)
申込締切日が過ぎ,いよいよ整理にかかりました。①参加者名簿 ②県別参加者名簿 ③クラス別名簿 ④スタート順名簿 を作るのですが,いやはや大変な仕事でした。各名簿の原簿は私が作業,ワープロ,印刷は青柳さんと分担しましたが,毎日TEL,FAX,145.44で連絡,打ち合わせでした。(青柳さんとは時差が3~4時間あり,急ぎの連絡が取れないこともしばしばあった。)

 6月30日に市川大門町公民館にて,最後の総合ミーティングを持ち,TX関係は発信器を動作させての実習研修をし,33名の参加で,これで大会も乗り切れると意を強くしました。私の方はこれからが大変・・・①~③の原簿を参照しながら,スタート順の名簿の作成に着手・・・名簿漏れは切腹ものなので慎重の上にも慎重を期しました。
 大会日が迫ってくると,JARLのARDF担当の笹原さん,関東地方本部の内山さんとも毎日のようにTEL,FAXにて打ち合わせでした。スタート順の原簿が出来て,ほっとしているところへ,笹原さんよりTELで,下記の方はReg.3オーストラリアのARDFへ15日に出発するので,スタート順を早く頼むとの要請があり,再度作り直し(溜息)。参考に山梨大会からVKへ行った選手は,JR1CHU金重さん,JF1RPZ出田さん,JI1JLV池永さん,JL1はC高橋光枝さん,JQ1LCW山上淑子さんの5名です。

 スタート順の原簿が仕上がり,コンピュータ集計係のJA1OMS小田切さんと青柳さんに送付し後は印刷が仕上がるのを待つだけとなりました。7月14日が迫って来ます。名簿の完成が心配で,何回となく青柳さんにTELしました。12日夜24時近くにTELしたら「一家総出で頑張っている・・・・13日朝には届けられる。」との返事でほっとしました。(完成したのは13日朝だったらしい。XYLのJG1BJAさん2ndさん本当にご苦労さんでした。)
 7月13日午後,機材を積んで清里へ甲州軍団が出発,清里へ到着後早々に部門ごとに明日の準備に着手し,80パーセント完了し,残りは明日早朝にすることとし,休みました。

 いよいよ96関東ARDF競技大会の当日,この日のために努力して来たので何が何でも成功させねばと心に期しました。総ての準備が完了したのは8時30分位か?不備の所はないかと各部を巡回し,審判長の塚原さんには,クレームがついたら私が責任を持って処理するから頑張ってくださいと激励・・・。受付開始・・・当日JARLに入会する人もいて,受付も苦労したと思います。Reg.3VKに行くみなさんが挨拶に見える。ゆっくり話がしたかったが,これは?,あれは?と声がかかりそちらへ飛び出す。

 開会式も終わり,第1組がスタート,他県では聞くことの出きない煙火が合図・・・。 JARL山梨もやりますね。煙火師は青柳さんでした。最終組がスタートして,スタート受付係がゴールに移動準備してゴールの選手を待つ。当日は蒸し暑くて選手も汗ビッショリだろうな,高低差があるので上から下へ見つければいいが逆だとばてる選手も選手も出るかもしれないと思っていると,ゴールに来た選手が,ハーハー汗ビショリで,体力がなければできない競技だと痛感しました。12時35分に,競技終了の煙火の打ち上げ・・・清里に煙火が鳴り響く。全員ゴールしたと思っていたところへ,1名ゴールしていないという連絡・・・。その選手のグループに聞いても要領を得ない。最後の手段で捜索隊を編成し,捜索の人選を始めたところへ戻ってきました。帰ってきたとの連絡で,大事にならずによかったよかった。

 全員ゴールしたのを確認し表彰式の準備に入る。Reg.3VKへ出発するみなさんから急いでいるのでこれで帰ります・・・と声がかかり,VKでも頑張ってくださいと激励し,JG1BJF一瀬さんに清里駅まで送ってもらう。成績順位を張り出す。一件のクレームもなく,表彰式に入る。午後から天候が悪かったが,表彰式に入ったら雨が降り出し,もう少し待ってほしかったです。表彰式も終わり,片付けを開始・・・。終了後,この大会を支えてくれたJARL山梨のみなさんにお礼の挨拶をして,96関東ARDF競技山梨大会は幕を閉じた。

 私の方はまだ一仕事が残っていました。JARLへの結果報告書の提出です。参加者名簿,各クラス別の成績順位表,審判用名簿,決算書です。これも,結構手数がかかりました。JARLの笹原さん,内山さんと打ち合わせをし,結果報告書を提出したのは8月中旬頃だったと思います。これで私の任務も総て終了,疲れがどっとでました。
大会が終わって一週間したら,VKへ行った山上さんから,数日おいて金重さん,池永さん,高橋さんから絵はがきをいただき,「山梨大会ではお世話になりました。みなさんによろしく伝えてください。」とあり,QSPします。
山梨大会では他県の応援も必要なく,60名のスタッフで一件のクレームもなく大成功に終わりました。ご協力くださったJARL山梨のみなさまに心よりお礼を申し上げます。
 最後に,実行委員長の秋山支部長,運営責任者JE1SPK青柳さん(XYL,2ndさん),審判長JF1KRV塚原さん,スタート責任者JG1EPO田中さん,受付ゴール責任担当JG1SYM山田さん,会場責任者JQ1NXD北村さん,そして甲府盆地無線倶楽部のみなさん,本当にありがとうございました。



■■ 96関東地方ARDF競技大会盛大に終わる ■■

                                   J E 1 S P K 
                                      (山梨ARDF副実行委員長 青柳 正輝)

朝気「まるしん」での最初の説明会・・・・。
 平成7年12月8日,秋山支部長さんより,来年「96関東地方ARDF競技大会」を山梨県で開催したい・・・とのお話。昨年開催された栃木県の資料を中心に説明がありました。
 過去において私自身,公認のARDF競技大会には2回ほど参加した経験はありましたが,5年も10年も前のこと。ただ参加しただけで等高線の見方,コンパスの使い方などまったくわからず,ただやたらに「Sメーター」の強く振れる方向へと,みんなの後を続いて飛び歩いただけでした。
 支部長さんよりいただいた資料の表紙を一枚まくると,大会役員と運営班及び審判団名簿の項目,人差し指で名簿を数えました。いちにいさんし・・・,全部で30人ぐらいかな・・・。少しお行儀が悪いですが,「まるしん」の揚げたてのの串カツを食いながら数えました。ええっ・・・,全部で66人もいるじゃんけ。(ため息)

クリスマスイブの日・・・・。
 今日は初めての現地視察の日です。競技会場予定地~競技者の集合場所~スタッフの宿泊場所~JARL関係者の宿泊所などなど,小雪が舞い散る中での視察です。本当に山梨でARDFができるかなあ・・・。いろいろ不安材料を残しながら帰宅,クリスマスイブの夜でした。

平成8年2月9日「まるしん」にて・・・・。
 JN誌4月号への掲載原稿,各クラブへの協力要請についてなどなどの,打ち合わせ会の開催。日程の調整,選手の集合場所,競技会場もおおむね決定。秋山支部長さんは,正月早々に,清泉寮,高根町役場観光課,八が岳少年自然の家へ挨拶まわりをしていただいて本当にありがとうございました。
 5月11日,甲府市朝気勤労者福祉センターにて,役員・クラブ代表者会議開催。支部長,ARDF委員長,副委員長より経過報告~これからの予定について話されました。

6月号JN誌(JARL NEWS)地方だより掲載・・・・。
本文の一部を紹介すると・・・ 
 JARL関東地方本部では,次の要領でARDF競技大会を開催します。
日時;7月14日(日),担当支部;JARL山梨県支部,競技地域;北巨摩郡方面,
 申し込み先/問い合わせ先;山梨県甲府市・・・・丹沢修治(JA1BDE)
 この日を境にして,丹沢OMは,本業の電気工事屋さんが二部,ARDFが一部の生活パターンになりました。奥さんも関東各地よりのいろんな人たちの,いろんな電話の対応などでお疲れの様子でした。

清泉寮のアイスクリーム・・・・。
 あと,1か月後に開催される96関東地方ARDF競技大会の会場確認,FOXの隠れ家設定,雨天時の対応,消防署への救急車要請,駐車場確認などの,慌ただしいい一日でした。
 途中,清泉寮のビジターセンターに立ち寄ったところ,秋山先生と山田さんが,何やら親しげに野球帽をかぶったおじさんと話してました。後で紹介していただきましたが,前山梨県副知事の小沢先生でした。先生はこの場所の責任者をなされているとのことでした。
 「清泉寮」で久しぶりにアイスクリームを食べ,あと1か月後にこの地で開催されるARDFが無事盛況の内に終わり,もう一度この場所で,秋山先生とアイスクリームを食べることを約束して帰路につく。
 6月25日,支部長さんとのARDF地図の最終稿校正が終わり,印刷へ・・・。
6月30日,市川大門町民会館にて,審判員打ち合わせ会の開催。実際に送信機をセットし,実地訓練を市川大門町スポーツ公園にて開催。33名出席。
 関東各地をはじめ,福島,新潟,愛知,三重,京都各県より申し込みの書類約80通が丹沢さん宛に届き,それらの書類の整理(都道府県別,クラス別,など。一段落したところで,正式な参加者名簿,スタート組み合わせ一覧表の作成。集合場所,健康診断問診票などを参加者へ返信発送作業などなどなど。)本当にご苦労さまでした。
 申込書類の中には,7月14日の山梨県での大会終了後,翌日にはオーストラリアで開催される「第2回国際アマチュア無線連盟第3地域ARDF選手権大会」に参加する選手の方々も慌ただしい中,4名の方が申し込みいただきました。

1週間前の日々・・・・。
 やたらと気ばかり焦り,嫁さん(JQ1BJA)に,「分担してできる仕事は,みんなにお願いしたら・・・。」当局の性質?性格?を知り尽くした彼女より,ブレークの声がかかる。とりわけ丹沢さんとは,早朝(朝気と市川大門は午前10時までは2時間の時差)より深夜まで,電話,FAX,5.40・44MHZでのコンタクト。気持ちもどんどんたかぶり,時には意見の衝突もあり大先輩に向かい,ついつい大声になってしまったことも何回かありました。
 小学生の二人の子供は案内看板のペンキ塗り,嫁さんは表彰状の作成,誘導旗のミシン縫い,腕章作成などなど・・・,店を閉めてからよくやってくれました。
支部長さんも様子伺いに来ていただき,お茶の頃になると向かいのケーキ屋さんより,ハイカラナな洋菓子の差し入れをしてくれました。それから,峡南ハムクラブの会長,JG1BJF一瀬君も時々,手ぶらで様子を見に来てくれ夜遅くまで作業の協力をしてくれました。

当日の朝になりました……。
 昨日より,酒なし,女っけなしの大部屋2段ベッドで,宿泊付きでなんと,1,100円の八が岳少年自然の家に宿泊して,準備をしていただいた甲府盆地無線倶楽部の皆さんが中心になり,夜遅くまで作業をしていただき,ありがとうございました。
 7月14日晴れ,「いよいよ今日だなあー……。」清里がだんだん近くなるにつれ,胸が昂り,アンテナの付いた他県ナンバーの車が気になる。なんともいえない気分である。午前8時30分よりの受付,大会委員長の挨拶,審判長競技説明,ラジオ体操。午前10時の打ち上げ花火を合図に,第一組がスタート,すべて順調に進み,12時35分,迷子,落伍者もなく予定どおりFOX停波。
 審判員会議では,競技者からのクレーム,問題点,次回への反省点など報告されましたが,特に大きな問題にもならず,順調に進み午後2時過ぎに小雨の中,表彰式が行われました。席上,秋山支部長さんより,「他県からの応援がなければ開催できない所もあるなかで,小県の山梨が充分のスタッフで開催でき,本当にありがとうございました。」と大会講評をいただき,記念撮影後,午後3時過ぎ解散しました。

 支部長さんと二人で青泉寮に挨拶に行き,あの約束のアイスクリームを食べました。
「SPK……。無事になんにもなく,うまく終わってよかったな……。」支部長さんにいわれ,これでやっと終わったんだなア……。 本当にお疲れさまでした。その夜はなんにもしなくて「寅さん」のビデオを途中まで見て寝てしまったようでした。

甲府盆地無線倶楽部の皆さんの協力がなければ,今回の大会は絶対にできなかったと思います。来年は東京で開催とのことですが,会場探しから始まりなにかと大変なことでしょう……。
 昨年の12月からスタートして約半年,なんでもっとわかってたら早くいってくれんで,いまごろんなってから協力してくれといわれても遅すぎるョ……,審判員が25名ばっかで何ができるで……,会場の場所ぐれいSPK,黙ってるから教えてくれェ,ARDFのことは何にもわからんけんど,支部長と丹沢OMにたのまれりゃあ,やらんわけにいかんね……,なんでも言っとくんねえよ,などなどなどなど,お叱りやら,励ましのお言葉をいただきました。何やら,かんやら,いろいろとありましたが,無事終わり安気しました。

 最後に,今回の「96関東地方ARDF競技大会」実行委員長のJN1FNE秋山アキラ先生,山梨県支部ARDF委員長のJA1BDE丹沢修治さん,副実行委員長のJF1KRV塚原泉先生,副支部長のJG1SYM山田修一さん,そして甲府盆地無線倶楽部の皆様,ありがとうございました。

< 甲府盆地無線倶楽部発行「KBCニュース」第25・26・27号より抜粋 >



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